幼なじみ特集♪贈って喜ばれる商品がいっぱい♪
ちょこと早めの夏休み


毎回荷物が重く、、、
1番軽いお土産を買い(笑)新幹線へ

今回もちょこは良い子に新幹線で
過ごしてくれた


駅にはおじいちゃんとおばあちゃんが、
いつもお迎えに来てくれる

実家の周りは田んぼ

目が癒されるー

おじいちゃんもおばあちゃんも
夏バテする事なく元気


ちょこを家に起き少しゴロゴロしてから、
3人でモーニングへ


別の日も

おじーちゃんは85才、
おばーちゃんが81才、
まだまだ元気でちゃきちゃきしてて、
帰省した時はつい甘えてしまう

こうしてふたりと出かけたり、
たわいもない話をするモーニング


あと何回あるんだろう・・・
と想うとふたりとの時間は贅沢

帰省1日目は、
おじいちゃんおばあちゃん犬達とゆっくり過ごしたりお昼寝

夜は父といつもミニトマトをくれる農家さんファミリーと行きつけの居酒屋へ

帰省2日目は地元愛知県豊橋で、、、

【漢方講座】+【くみの健康ランチ】開催

豊橋初開催の漢方講座大好評でした

最終的にキャンセル待ちだった


大人7人+子供7人

夏休みだからにぎやか


子供達

元気すぎるぞーwww

中学の同級生、友達の友達、学校の先生をしているはとこも来てくれたよ

漢方講座の後は楽しみにしていた、
【くみの健康ランチ】


薬膳肉じゃが・車麩揚げ、、、

他にも美味しすぎるおかず


くみの玄米+雑穀はモチモチで
噛むたびに幸せ

豆乳プリンのデザートも用意してくれて、
これまた絶品

みんな「美味しい

」の声が止まらない

「どうやって作るの?

」とみんなで質問しまくった
できる事ならくみの健康ランチをね、
東京の大好きな友達にも食べさせたい

ランチも講座も楽しかったみたいで、
ぜひ第2弾も!と沢山の声が・・・


終わってからは、
友達2人+はとことお茶して、
1時間爆睡して、
保育園から工業高校まで一緒の、なおー


男の中で過ごしてきたうちらはたぶんサバサバしてるwww
呼吸苦しいwww

この人にはおばーちゃんになっても
世話になる


帰省3日目は、、、
前職でお世話になった三重県四日市にある伊勢うどんのの堀社長(写真右上)と、
三重県菰野にある大人気のうなぎ屋社長(写真右下)伊藤さんに会いに


うな忠はかなり広い店なのにこの日もお客さんが次がら次へとほぼ満席

オープン前からお客さんが並んでるんだって

お客さんが多いからうなぎを焼き続ける事ができ、、、約10分でうなぎが出てくる

スタッフは15人

普通のうなぎ屋さんでこれは難しい

29年間伊藤さんがひとつひとつ積み重ねてきた想いを聞くとこの結果は当たり前なのかもしれない

伊藤さんがごちそうしてくれたー

あんのはうなころ(右上)にしたよー

ファンにはたまらない

あとね、う巻きって食べた事なくてみんなでシェア

めっちゃ好きな味だった

の社長から嬉しすぎるお土産


家族が大好きだから実家におすそわけ

伊勢うどんのお仕事、
何年お世話になったんだろう


5、6年くらいかな

いつも社長があたたかく迎えてくれて、
仲間として娘のように可愛がってくれて、
爆笑しながらも全力で気持ち良くお仕事させてくれる社長

社長が三重に帰る最終日は、
毎回うぇーーーん

ってなってた(笑)
30度を越え暑くて暑くて暑すぎる日に、、、
たった15分で19度の世界

空気がみずみずしくて最高でした


体の中お洗濯したみたいにキモチよかった

山を降り、
堀社長との社長伊藤さん宅へ

噂ではきいてましたが、、、w
伊藤さん宅は想像を遥かに越えた大豪邸


75才の伊藤さんは超チャキチャキ


誰よりも働き、とにかく腹がすわってる

在り方そのもので人生を教えてくれる人

身内に不幸があった時もグッとこらえ、
取り乱す事なく口にする事もなく、
仕事をする伊藤さん、、、
本気にすごい人だなーと改めて感じました

お参りさせて頂きたいと思っていたので、
今回三重県に行けてよかった

75才元気すぎる伊藤さんは、
会うたびに学ぶ存在

その後は、名古屋のボスと打ち合わせ

かと思いきや、仕事の話はちょびっとw
なんかものすっごく豪華なもの
食べさせてくれたー


来月あたり漢方✖なんかできる、、、はず

後は専門家に任せておこう

笑
帰省3日目も楽しかった


4日目は携帯を変えたり母とランチして、
さすがに遊びすぎたから勉強したw
5日目はじーちゃん、ばーちゃんとモーニング行って、、、勉強した

そんなこんなで新幹線の時間が近づき、
そしてよく食べた


笑
さて、東京に戻り、、、みんなに、
これまたぶっ飛んだスケジュールだね

と言われるスケジュールが始まってる

笑
期間限定で!!約2週間復帰します

といっても基本はコンシェルジュのお仕事

1日イベコンして、あと1日動画配信か

約1週間ずっと12時間現場だったり

(12時間も笑顔続くかなー!笑)
ヨガのレッスン→現場の日もあり

ちょこ10日間預けて離れ離れツラいけど

インストラクターになったばかりの2年前、
PSYに提出したプロフィール

今すでに漢方とヨガを伝えてますが、
まだ一歩進んだだけ

来てくれる人ひとりひとりを大切に

笑顔で気持ち良くお金を払って頂く

この2つを最低限のモットーに、
あと、、、1000歩いくつもり

笑
幼なじみにありがちな事
セス・リッチ 氏について以前ブログに書きましたが、
海外ニュース翻訳情報局さんが書いてらしたので再度、書くことにしました。
これって、ほんの氷山の一角です。
クリントン夫妻の友人47人が不可解な死を遂げていた! 自殺から飛行機事故、銃撃まで…!
夫は第42代米国大統領ビル・クリントンで、自身も米国初の女性大統領を狙うヒラリー・クリントン。昨今、彼女の名前をメディアで見聞きしない日はない。しかしビルとヒラリーの周囲には、どす黒い疑惑が渦巻いていた――!?
クリントン夫妻の周りに「不自然な死」が多いことをご存じだろうか? 実は最近になって、複数の海外メディアがこの疑惑を報じていて、その数何と47人。「クリントン夫妻の友人たちは、変な死に方をする癖をお持ちのようだ」と皮肉られている。その中でも特に有名な10人を紹介したい。
■ジェームス・マクドゥガル:1998年/心臓発作
マクドゥガルはアーカンソー時代、クリントン夫妻の不動産ビジネスのパートナーであった。しかしこのビジネスには不正があり、後に社名を取って「ホワイトウォーター疑惑」と呼ばれるようになった。マクドゥガルはこの不正を訴追され、3年半の懲役刑を受けて服役中に持病の心臓発作を起こした。彼が発作を起こした時、除細動器が刑務所に常設されていたが使用されず、時間のかかる遠方の福祉病院に運ばれた。彼はクリントン夫妻を訴追しようとしたスター検察官側の最重要証人として裁判に出廷予定であったが、彼の死により訴追は困難となった。
■メアリー・マホニー:1997年/射殺
マホニー(当時25歳)はホワイトハウスの元インターン。彼女はビル・クリントンを罷免しようとするスター検察官の証人として、ホワイトハウスで受けた性的嫌がらせを証言する予定であった。
マホニーは当時スターバックスで副店長として働いていたが、閉店直後に同僚2人と共に「処刑スタイル」で何者かに銃で殺害された。店には4000ドル(約44万円)もの現金が残され、何ひとつ盗まれていなかった。出入り口の鍵はきちんとしまっており、無理やり押し入った形跡もなかった。銃には消音装置が付けられていたらしく、人通りの多い場所にもかかわらず音や叫び声を聞いた者もいなかった。
■ヴィンス・フォスター:1993年/ピストル自殺
フォスターはアーカンソー州出身でビル・クリントンの幼なじみ。弁護士として勤務したローズ法律事務所でヒラリーと同僚になり、ビルの大統領就任に際して次席法律顧問に招かれた。ヒラリーのさまざまな疑惑処理に関わっていたフォスターは議会で追及され、ヒラリーに不利な証言を行う予定であったが、1993年7月公園でピストル自殺を遂げた。
彼は奇妙なメモ、「ホワイトウォーターは“ウジ(worms)”の詰まった缶であり、絶対に開けてはならない」と書き残した。またメディアは、目撃者が現場でピストルを見ていないこと、フォスターの受信記録など関連資料が全て消されていたこと、ヒラリーがフォスターのオフィスにある文書類を廃棄するよう命じたことを疑惑として報じている。検視官も退官後、「自殺と考えるには疑問点が多かった」と語っている。
■ロン・ブラウン:1996年/飛行機事故
ブラウンはクリントン大統領の下で商務長官を務めていた。彼が空軍機でクロアチアに向かう最中、飛行機が航路を誤り山に衝突し死亡した。当時ブラウンは、クリントン大統領と共に巨大コングロマリットのエンロン社との不正取引を疑われていた。事故前にブラウンは「検察と取引することを決心した」と話しており、またCIAが反対する政策を推し進めることによって、CIAとも敵対していた。彼はクリントン政権にとって影の部分を「知り過ぎた男」であった。
ブラウンの遺体は綿密に調べられたが、病理医は銃弾による傷に似た穴が頭蓋骨にあったと報告している。また調査によれば事故前に、飛行機のナビゲーション機器が空港から盗まれており、パイロットが偽の機器を使い意図的にコースオフして事故を起こしたという推測を呼び起こした。そして事故の3日後、ナビゲーション機器の取り扱い責任者が空港で頭を撃ち死亡した。これは「自殺」として処理され、事故調査官は彼への訊問の機会を永久に失った。
■ビクター・レイザー・Ⅱ:1992年/飛行機事故
ビクター・レイザー・Ⅱとその22歳の息子、モンゴメリー・レイザーはビル・クリントンの資金調達組織の中心メンバーであったが、アラスカで自家用機が墜落し死亡した。
■ポール・タリー:1992年/病死
米民主党全国委員会会長、かつビル・クリントンの優れた戦略ディレクターであったタリーは、アーカンソー州のホテルで死体となり発見された。彼の死因は、48歳という若さにもかかわらず心臓発作であった。
■エド・ウィリー:1993年/ピストル自殺
ウィリーもビル・クリントンの資金調達組織のメンバーであったが、バージニアの森で頭を撃ち死亡した。警察はこれを自殺と発表。しかしウィリーの妻であるキャスリーンはインタビューで、クリントン夫妻が夫の死に関係していると思うかと聞かれ、「明らかな疑いを持っています」と答えている。
ウィリーは大統領選挙戦の最中、現金の詰まったブリーフケースを持ち歩いており、それは「不正な」金だった疑いが濃い。さらにウィリーは左利きなのに、検視報告書では右手を使い引き金を引いたことになっていた。これは前述のフォスターの「自殺」時にも見られた奇妙な現象である。
■ジェリー・パークス:1993年/射殺
パークスはビル・クリントンのセキュリティ・チームの責任者であった。パークスはヴィンス・フォスターが「自殺」したニュースを聞いた時に、真っ青になって「私も死んだ人間だ」とつぶやき、その後彼は何かに怯え銃を常に携帯していた。そしてビル・クリントンと彼の周りの人々は「家の大掃除中」で、リストの次は自分だと話していたという。
93年、彼はリトルロックの交差点を運転中に銃撃を受けた。彼を射撃した2人組は非常に落ち着いた様子で彼を射殺し、闇に消えた。彼の息子は父親がビル・クリントンに関する書類を集めており、その情報を公にすると脅していたと話した。そしてその書類は彼の死後、家から忽然と消えていた。
■ジェイムス・バンチ:不明年/ピストル自殺
バンチはヴィンス・フォスターと全く同じ状況でピストルを使い自殺した。彼はテキサス州とアーカンソー州の売春組織を訪れた影響力のある人々の名前を書いた「ブラック ブック」を持っており、その中にはビル・クリントンの名前があったと噂された。その「ブラック ブック」は数人が現物を見たにもかかわらず、彼の死後紛失した。彼の死は何故か数年間は公表されなかった。
■ジョン・ウィルソン:1993年/首つり自殺
ワシントン評議会元メンバーのウィルソンは、1993年に自宅で首つり自殺をした。ウィルソンは、いわゆる「ホワイトウォーター疑惑」と呼ばれるクリントン夫妻と自殺したマクドゥガルの不動産取引に関して、情報を持っていると主張していたという。ウィルソンはワシントンで20年の経験を持つベテラン政治家で、彼の自殺は人々に衝撃を与えた。
この他にもクリントンの4人のボディガードをはじめ、多くの人間が1993年から数年間に「自殺」、「飛行機事故」、「自動車事故」、「銃撃(犯人不詳)」によって死亡している。
特にホワイトウォーター疑惑に関しては、
少なくとも3人が「自殺」している。これらの人々の死は、偶然にしてはあまりにもタイミングがよく、また人数が多すぎる。真相解明がなされる日は、果たして来るのだろうか。
(文=三橋ココ)
海外ニュース翻訳情報局より転記
セス・リッチが死ぬ直前にウィキリークスと接触したという証拠がある。
16May2017
リッチの死の一回忌のちょうど2か月前に、FOX5がこれらの陰謀説の理論が正しいと証明できる新情報があることがわかった。
By Marina Marraco May 15,2017
ワシントン発:
民主党全国委員会(DNC)のスタッフ、セス・リッチが殺害されてほぼ1年になる。
今までなぜ彼が殺害されたのか、確かな答えは一つもない。
リッチは、7月にワシントンDCのノースウエストで銃に撃たれ殺害された。
警察は、ブルーミングデール地区の近辺で、強盗に失敗した為、殺害されたと示唆していた。
しかしながら、ネットでの陰謀説では、DNCでのリッチの仕事を殺人に結び付けていた。
リッチの死の一回忌のちょうど2か月前に、FOX5がこれらの陰謀説の理論が正しいと証明できる新情報があることがわかった。
セス・リッチの家族に雇われた私立探偵:
セス・リッチが死の前にウィキリークスと接触したという証拠がある。
ロッド・フィラーという1人の私立探偵がリッチの家族に雇われ、リッチのラップトップパソコンに彼が、死の前にウィキリークスと通信していたことを確認という具体的な証拠があることを示唆した。
現在、10か月前、この殺人事件の捜査を指揮していたDC警察は、その示唆した証拠を一つも出さず、なぜ強盗を失敗した為殺害されたと断言したのか疑問が上がっている。
元DC警察殺人課刑事だったフィーラーは、リッチの殺人事件と並行して調査をしている。
彼は、隠ぺいがあったと信じており、警察署からこの調査から退くように言われている。
「警察署もFBIも積極的ではありません。」
「彼らは、全く協力してくれません。
私は、コンピュータに彼の死の真相を解決する答えがあると思っています。そのことは、警察署もFBIのどちらにもあると思っています。私は、その両方に言われました。」
とフィーラーは述べた。
私たちがフィーラーに彼の情報筋から彼にリッチとウィキリークスをリンクさせる情報があったかどうか尋ねたところ
「もちろん。はい。そのことは、確認されています。」
と彼は言った。
フィーラーは、私達に言った。
「私は、警察署の内部から情報源をもっています。
その情報源は、私の目を真っすぐに見て言った。
”ロッド、私達は、この事件から身を引くように言われた。
私は、君にどんな情報についても教えることはできない”
今どきの殺人事件の捜査においてこういうことは非常に珍しいことです。
特に警察署からというのは・・・。
また、私は、それが署長のオフィスからのものではないと思います。
しかし、私は、市長のオフィスとDNCの間に相関関係があり、火曜日に情報が出てくると思っています。」
nvestigator Says Evidence Showing Deceased DNC Staffer Seth Rich Was Emailing With WikiLeaks
元記事はこちら↓↓
Family's private investigator: There is evidence Seth Rich had contact with WikiLeaks prior to death