「奴はとんでもないものを盗んでいきました。幼なじみです」
橋本side
白石(よしっ!今日は新入部員スカウトだね!
今日は晴れ晴れしい入学式という名の大仕事の日。
先輩たちも引退していなくなり、部員の少ない乃木女野球部は少しでも多くの新入部員を集めようと奮闘中。
主にまいやんが。
さっきから斜め後ろに座っている私に向かって、新入部員!新入部員!と絡んでくる。
まいやんはキャプテンだし、野球部をまとめて背負ってるからそうなるのもわかるけど、ちょっと落ち着こうか。
白石(ねぇ、ななみん、聞いてる?
橋本(聞いてない
白石(ちょっと!
橋本(はいはい、なんでしょう
白石(今年は新入部員いっぱい来るかな~
橋本(それさっきも聞いた
白石(だって心配なんだもん、人数足りなくて試合に出れないとかいっちばん悲しいじゃん!
橋本(はいはい、そうだね
白石(反応薄い...もういい、ねぇまいま~い
深川(は~い、どうしたのまいやん
私の返しにまったく心が込もっていないことを察したまいやんは、私の隣にニコニコと神様のように座っているまいまいに話掛ける。
まいまいはいつも笑顔を絶やさず、誰とでも分け隔てなく接し、とても優しいことからみんなからは聖母と呼ばれている。
そんな彼女に私は思いを寄せて、一年時の夏最後の試合に勝った帰り道に好きだと伝えた。
返事は私も好きだよという、友達としてなのか、それとも私と同じ好きなのかどっちなのかわからない返事をもらった。
結局まだその本心は聞いてなくてそのままなんだけど、それなりに遊びに行ったりお泊まりしたりしてるし、微妙なラインをうろちょろしてる。
深川(うんうん、そっかそっか。大丈夫だよ、きっといっぱい来る
白石(あ~まいまいの言葉は温かいなぁ
私と違って、そのまいやんの心配に寄り添うまいまいの言葉に、一人で天に昇りそうなまいやん。
橋本(嬉しいのはわかったから現世に帰ってきなさい
白石(勝手に殺さないでよ!
深川(ふふ、そういえば今年はななみんの友達が乃木女に入るんだっけ?
まいやんが現世に戻ってきたところをいつもと変わらない笑顔で迎え、話を変えるまいまい。
橋本(あ~うん
小さい頃から家が近いということでよく遊びに行かせてもらっていたお家の子で、なぜか私によくなついていた。
私の行くところには、ななみ~なんて可愛らしくついて来た幼少期の彼女はもうすっかり成長して、今では立派なツンデレちゃんへと育っている。
白石(どんな子?どんな子?運動できる?野球部入る?いや、入ってください
橋本(落ち着け落ち着け
ズンズンと顔を近づけてくるまいやんに椅子ごと後退りする私。
顔近いし、迫力すごいし、これ以上まいやん近づくとまいやんバランス崩して椅子から落ちますけど。
橋本(運動するタイプじゃないかな、どんな子かはまいやんが見つけてよ
白石(無理だよ~今年100人以上新入生入るんでしょ?
橋本(あれの大きさが異次元だからすぐにわかると思うよ
白石(え?なに?背丈?それとも足の大きさ?手が大きいと助かるなぁ
なんでも野球の方向に変換してしまうまいやんは、言うなれば野球バカ。
残念、全部違うんだなぁ。
わからないと頭を傾けているまいやんとまいまいに少し楽しさを覚えていると、担任の設楽先生からのお叱りの言葉が飛んでくる。
設楽(そこの野球部三人!私語は慎め!
深川(ごめんなさい
白石(ごめん!
橋本(サーセン
さて、あと式が始まるまで数分を切った。
密かに入場してくる彼女を撮っておこうかな。
壮大な音楽と共に始まった入学式。
長い校長の話は右耳から左耳に受け流し、私とまいやんの意識は毎年新入生が入ってくる門に向けていた。
私はツンデレな彼女を写真に収めるために。
まいやんは強そうな新入部員を見つけるために。
とはいえ、そんな目を見開いて眉間にしわを寄せていたら新入生は絶対に近寄ってこないだろうけど。
まあいっか、それならまいまいを出すだけだ。
白石(あの子はいい筋肉してる。日焼けもしてるしこれはワンチャン...あ、あの子は細いけど足が長いし、足早いかも...
やっと校長の話が終わり、これまた壮大な音楽が流れると、設楽先生の後ろをぞろぞろと歩いて入ってきた新入生たち。
新入生たちを見極めるまいやんの独り言がさっきからブツブツと聞こえて怖いけど、無視無視。
えっと、ツンデレちゃんは...。
あ、いたいた。
一番最後にいる、ダボダボの制服を着た背の小さい子、あれが私の
幼なじみ。
よし、撮っとこっと。
式中の携帯の使用は禁止だが、いつも授業をサボっている私が今さらこんな規則に縛られる訳がない。
ポケットに入れていたスマホのカメラを起動させ、上手く先生たちからは見えないように隠しながらカシャッと。
やっほ~飛鳥。
スマホをチラッと覗かせながら、特に緊張はしていなさそうな飛鳥に手を振る。
すると私に気づいた飛鳥は、案の定なにしてんのさ!と視線で訴えかけてくる。
その表情も撮らせてもらって、私のお仕事終了。
白石(ねぇななみん、背が高い子も足が大きい子も手が大きい子もいなかったよ
私と同じように、新入生の見極めが終わったまいやんがまた私のほうを振り返った。
そりゃあ見るべき部分がまったく違うんだし、見つかるはずがない。
白石(だけど一番最後の子、めっちゃ顔ちっちゃかったね。それに可愛かった
橋本(正解、その子が友達
白石(え!嘘でしょ?
日村(おい白石、入学式中だぞ
急に大声を出したまいやんに、一斉に会場全体の目がまいやんに向く。
ドンマイまいやん、これでまた知名度が上がったね。いい宣伝だと思うよ。少しおかしな野球部キャプテンとして。
白石(めっちゃ可愛いじゃん
日村先生のお叱りを完全無視して話を続けるまいやん。
もちろん私も乗りますけどね。
橋本(ふっ、まあね
白石(なんでななみんが誇らしそうなのかわからないけど、今度紹介してよ
橋本(はいはい、話しておくよ
日村(そこの野球バカ二人、もうこっち来い
反省せずに、会話を続ける私たちについに日村先生直々に私たちのところまで来て、腕を掴まれ先生たちの横まで連れて行かれる。
確かに私語厳禁の式中で話していたのはいけないことだ、それは認めるけど野球バカとはなんだ。
まいやんは野球バカだが私は違う。
白石(なんでこんなことに...
橋本(一分前の自分に聞いてくださいよ
入学式の中、なぜか先生たちの並ぶ列にいれたれた私たちは、皆の疑問の視線を受けながらも懲りずに会話を続ける。
白石(こんなことなら黙ってればよかった。これから式が終わるまで立ちっぱなしとかつらい
日村(黙ってればよかったと思っているなら今も黙っていてくれ
橋本(サボっていいですか?
日村(橋本も橋本で懲りないな...
さっきとはうって代わり、校長の言った名前を聞き取りやすくするために無くなった音楽の代わりと言わんばかりに、静かな体育館に日村先生のため息が響き渡った。
はじめての幼なじみ
― 和也 3年前 ―
金曜の夜、潤がいきなり和也の部屋を訪ねてきた。結婚して2年、妊娠初期の妻の美紗の代わりに、明日のパーティーに同伴してほしいという。
「夫婦で招待されたんだけど、美紗の悪阻が酷くてさ。頼むよ」
玄関先で押し付けられたアイボリーホワイトの招待状には 『Gallery Sakura opening ceremony』 とネイビーの文字で印刷されていた。
「画廊?」
「僕、絵とか興味ないし…」
頷く潤に小さく言葉を返せば、
「誰も絵を鑑賞しろとは言ってねぇよ。せっかく招待されたのに、勿体ないだろ?タダ飯だぜ?」
グイと顔を寄せてくる。
「でも…」
「そのオーナー、俺の幼なじみなんだよ。祝ってやりたいじゃん」
封筒の表には手書きの筆文字で、潤夫婦の名前が丁寧に書かれていた。決して上手いとは言えないが、キッチリとした四角い文字には好感が持てる。
「お前も会ったことあるんだぞ。大分昔だけど」
封筒を裏返してみる。
「…櫻井、翔…さん?」
同じく筆文字の『櫻』は、小さな『貝』の線が重ならないようにと一画一画、真横に真っ直ぐに引かれている。字面から几帳面人物像が窺えるが、やはりその名は記憶に無い。
「中3だったっけ? 翔がうちに来た時カズもいたじゃん。サッカーの話、したろ?」
首を傾げる和也を、潤が太い眉をピクリと上げて睨むがしょうがない。
「全然覚えてない」
「…んだよ。ま、いっか。とにかく明日6時、現地集合な」
「…う…ん…」
幼い頃から和也はこの3歳上の従兄に逆らえたことがない。
頭が良くて優しくて、面倒見が良くて頼りになって、フットワークも半端なく友人も大勢いる。
おまけに、もの凄いイケメンで。
行くよな? とキラキラの眼力で念押しされれば、頷くしかない
「わかった。美味いモノがタダで食べれるんだもんね。行くよ」
「よし!」
そして、笑顔がものすごく可愛いのだ。
かなり強引な性格も、許してしまうほどに。
「あ、ちゃんとスーツ着て来いよ」
「…成人式ん時のしかないけど…」
「だっせぇな。まぁ、いいよ。でもお前さ、社会人なら良いヤツ一着くらい揃えとけよ」
「だって、いらないし…」
和也の働くディスプレイデザインの会社では、営業職以外はスーツなど必要ない。社長でさえいつもラフな服装をしている。
「オトナになったら、冠婚葬祭やらなんやらで必要なんだよ!今度、美紗と一緒に選んでやるからな」
いつものように大きな手で和也の頭をクシャクシャとやって、潤は帰って行った。
手を振りながら背中を見送って、小さくため息をつく。
カッコよくて優しい従兄のお兄ちゃんは昔から和也の憧れだった。
…そして初恋の相手でも。
潤は和也がゲイであることを知っている。中学の頃、何かの拍子に問い詰められ、あの鋭い目に負けてカミングアウトしてしまったのだ。
「やっぱな。そうだと思った」
潤はニヤリと笑って頭をクシャッとやった。
そして、そのまま大きな手で頭をグッと掴んで引き寄せると、急に真面目な顔に戻して、
「いいか、世の中、バカなヤツが多いから、なんかあったら俺に言えよ。ぶっ飛ばしてやっから」
と、低い声で言った。
和也は うん… と頷きながら、たった今、自分が失恋したことを悟った。
きっと、自分の想いは伝わっていた。何事にも敏い潤が気づかぬはずがない。その上で、
”俺は相談相手にはなるけど、その先には何もないんだぞ”ということを和也に伝えたのだ。
幸い、潤の拳がさく裂するようなことは何もなく、和也はそのセクシャリティを抱えたまま大人になった。
それなりに恋もした。高校を卒業してからは世界も広がり、同じ種類の相手と付き合ったこともあった。でも3ヶ月と続いたことはない。
原因は分かっている。あのパーフェクトな従兄のせいだ。心のどこかで目の前のオトコと比べてしまって、少しずつ気持ちが醒めてしまうのだ。
その悪循環。
ただでさえゲイの恋愛は難しいのに、このままではますます縁遠くなってしまう、とドアにカギを掛けながら知らずに和也の口は尖っていた。
ふと、思う。
…潤とは距離を置いた方がいいのかもしれない。
自分のためにも、潤のためにも。
クローゼットの扉に掛けた手が止まる。
あと8ヶ月したら潤の子供が生まれる。
いいタイミングなのかもしれない。
(もう、僕も自立した大人だし守ってもらわなくてもやっていける。…きっと)
グイと両開きのクローゼットの扉を引く。
そういえば、一人暮らしを始めてからスーツを出すのは初めてだと気づく。
前に着たのは、潤の結婚式の時だった。
2年前、和也が大学の工業デザイン科を卒業して今の会社に就職した年の秋、まだ医学生だった潤が結婚した。
いつかは来ると思っていた日が、まさかこんなに早いとは思ってなかった和也は、手を伸ばしても決して掴めやしないんだというリアルな現実を突きつけられて、招待状が届いてからずっと落ち込んでいた。
もちろん、当日は気持ちも体もどん底で、それでもなんとか一日をやり過ごして家に帰った。深酒の縺れた足では自室に辿り着けずに、フラフラと倒れ込んだリビングのソファ。
いい式だっただの、お似合いの夫婦だっただの、神経を逆なでするような母と姉の会話が耳をズキズキと侵して、そしてトドメにガサガサ引き出物を解きながら、
「そのうち和也も…」
などと、期待を込めた熱い眼差しを向けられた頃には、冷え切ったココロと沸々と滾ったアタマを制御できなくて、ガバッと体を起こすと酔いに任せて家族にぶちまけてしまったのだ。
「僕には何も求めないで! 僕は、男の人しか好きになれないんだから!結婚なんか、一生出来ないんだからっ!!」
と。
一瞬の沈黙。そのあとの修羅場。
散々怒鳴られ怒鳴り返し、互いの言葉が尽きたあとは背を向けて、一つの家の中、ずっと顔も合わせず口も利かず。
そんな状態で一週間が過ぎ、どうにも引っ込みがつかなくなって拗れてしまってた家族を、新婚旅行の手土産を携えて挨拶に訪れた潤が取り成してくれたのだ。
「カズは何も悪くありません!」
潤は両親を前に正座をし、医学的見地、遺伝的見地、民俗学的見地、社会的風潮… 等々、全てを絡めて長々と言葉を並べ、
「結論として、認めなくてもいいですから、カズを見守ってやってください」
と、静かに深々と頭を下げたのだ。
それには、両親はもちろん和也も驚いた。
昔から完璧な潤が、一族の自慢の種の松本潤が、土下座紛いのコトをしてまで息子の身を案じてくれているのだ。
当の家族が折れないワケにはいかなくなった。
「潤くん、分かったから、頭を上げて?」
母親の穏やかな声でコトは収まったが、それでもしこりが残るだろうからと、互いが落ち着くためにも和也が家を出て独立することを両親に認めさせてくれたのも潤だった。
「和、私も味方だからね。ずっと、何にも気付いてやれなくてごめんね」
数週間後、引っ越しの手伝いに来てくれた5歳上の姉は、クローゼットに服をしまいながら背中で小さく呟いた。
「ありがと…」
その言葉だけで十分だった。
あれから2年が経って、ぎこちないながらも両親とは何とかうまくやっている。
二人の意識が、去年生まれた姉夫婦の子供に向かってくれたこともいいタイミングだった。
やっぱり、タイミングって大事だ。
潤にはずっと頭は上がらないと思うけど、そろそろ…だよね。
久しぶりの出番のスーツには、ヘンな皺が出来ているかもしれない。
大事な従兄に恥を掻かせちゃいけないと和也は唇を引き結び、あの日、姉が片づけてくれたクローゼットの中に手を突っ込んだ。
続く。