だいぶ間が空いてしまいましたが、今回は
『私がビジネスを理解するまで』
の続きを書いてみたいと思います。
前回までのお話は をお読み下さい。
さて、前回のお話で書いた通り、私はある大手企業の部長さんから呼び出しを受けて、今後の取引における手形決済の了承をして帰社しました。
会社に戻った私は、社長に対して取引が今後は手形決済になる事を了承した件と、それにより先方が社内での取引がをしやすくなった為に今後は、更に取引額が大きくなるだろう事を告げました。
社長は、私の報告を黙って聞くと
『本部長、ちょっと下で話をしようか』
と言って、席を立ちました。
当時の本社オフィスは、西新宿の大きなビルに入っていて、フロアはパーテーションで区切った会議用のスペース以外はオープンにし、本社勤務の社員は机を並べて仕事をしていました。
社長の席も、私の本部長席も、フロア奥の上座に位置する場所にあり、社員との距離が近い形で仕事をしていました。
その為に、少し社員に内密な話や、会議用スペースがいっぱいの場合は打ち合わせを、ビルの2Fにテナントとして入っていたデニーズでおこなっていたのです。
ですから、この時の社長のセリフは、デニーズで内密に、この件を話そう。
と言う趣旨のものでした。
この時点で、やはり手形決済を独断で受けたのは、まずかったかな?
くらいの一抹の不安は頭をよぎりましたが、何せその時の私は 『イケイケの若造な営業本部長』 でしたので、この件で更に取引額が大きくなる事を、錦の旗にして社長を説得出来るだろう。
なんてバカな考えでいたのです。
デニーズについて席に座り注文をすますと、社長は
『ムンチ、この件は突っ込み所が多すぎて、とても了承しかねる事だって解ってる?』
※この、ムンチというのは、私の子供の頃からのあだ名で、社長と私は幼なじみだった為に、社員の前では 『本部長』 か 『村田さん』 と、呼んでいましたが、二人になるとあだ名で呼び合う間柄でした。
かなり嫌そうな表情で私の目を見て、こう問いかけた社長の顔は今でも忘れられません。(笑)
取りあえず、私はなるべく冷静さを保って
『いや、確かに手形はリスクだけれども、相手は大手企業だから問題ないでしょう。 それに、この件を呑んだ事で、今後はあの会社の各部署から依頼が来る様になりそうだし、メリットもあるでしょう』
私の話に社長は
『そういう問題では、ないんだよ』
と言ってきました。
私はそれが、今後の受注量の増加に伴う、実務面の対応問題の事を指しているのだと思い
『確かに、急な受注の増量は、こちらのオペレーションの問題があるので、先方と話し合って行かなければ、無尽蔵に受注は受けられないよね』
と答えて、今後の業務における、この時点での子会社 (節税対策や、業務の外部発注における差額の節約のために、プロモーションの別会社を丁度この時期に作って、私が代表をしていました) のキャパや、新たな外部の協力会社の選定、場合によっては社員の補強も検討して行く事になるのかな?
なんて、まだ呑気に浮かれた考えでいました。
私の答えに、本質的な事が解っていないと確信した社長は
『ムンチさあ、その手形の振出し日の交渉はしたの?』
と聞いて来ました。
そこで、ハッと手形の振出し日の件に気が付き、嫌な汗が出て来た私は
『真面目にゴメン。そこは忘れてた』
と素直に話しました。
『あのさあ、交渉していないって事は、手形の振り出し日は今まで通りの 「末締め翌末」 だよね? という事は、月初の仕事なら2ヶ月も寝るんだよね。 そこから手形でしょう。 手形にするって事は決済出来るまでの3ヵ月だけじゃないんだよ。 今までの30日~60日のサイトからプラス90日なんだぜ! 本当に少しは資金繰り考えてくれよ。 結局は120日~150日のサイトになるんだよ。 その間一切の入金が無いか、手形を割るしか無いのに受注の増量? それ本気で言ってるなら、俺だけじゃなくてムンチも金の工面してよ』
もはや、社長は切れる寸前です。
返す言葉も無く、おしゃべりな私が黙ってしまいました。
しばらくの沈黙後に、口を開いたのは社長でした。
『まあ、手形を呑んだのは、先方の規模と今までの実績から、しょうがない事なのは解るけど、ムンチも役員ならいつまでもイケイケだけで無くて、資金ベースの事も考えてよ』
社長もこの会社の躍進が、ベンチャー特有のイケイケで仕事を受けて来た事にあるのは理解していて、少し気を使ってくれながらも、私の仕事の仕方について考える様に促して来ました。
そして、さらに会社の運営における取引先の比率における現状を、私に話して来ました。
『今回の件がいい例だから話すけど、ある意味でムンチの頑張りで業績は常に上がっているから決算が終われば、また銀行も融資してくれるはずで、実の所は一千万、二千万の金は一定期間の現状をしのげば、何とかなると思うんだよね。 それでも、急激な会社の成長だったから、俺は個人的にも融資受けて運転資金を突っ込んでいるんだから、そこは理解をして欲しいんだよね』
会社を立ち上げた時から数年間、私はがむしゃらに、営業と実務をこなして来ました。
ですから、今回の手形決済においても、その事でこの大手企業から更なる売り上げを見込めると考えていました。
また、そこにリスクがあるとしたら、その増えた業務をこなせるか?
という実務面ばかり考えていたのが、それまでの私でした。
裏で、社長が身銭を切って、私の取って来てこなす業務を金銭面でフォローをしていた事に、考えが及んでいませんでした。
正確には、理解はしていても、それは社長の仕事と、何処かで区分けして考えていた様に思います。
ですが、会社役員として共に、この会社を運営しているのであれば、この意識でやって行くには限界を超えた規模の会社になっていたのです。
更に社長は、経営者としての会社運営の維持についても、共に考えて欲しいとの思いから、クライアントに対する受注選別の必要性も話して来ました。
『それと、資金繰りだけが今回の問題じゃないんだよ。 今の会社の取引先は、大手から、中小、個人商店まで、幅広くクライアントが散っていて丁度良い比率で来ているんだ。 でも、今回のムンチは、手形決済を受けて大手企業という事で、そこからデカい取引をして行こうとの算段をしてるよね。 そうなると、クライアントの比率が変わって来るんだよ』
この話にも、この時の私には見えていない経営という物の、むずかしさがありました。
要するに売り上げの中で、一社が30%を超える受注内容になると、その会社が万が一取引を中止して来たり倒産したら、連鎖倒産をするリスクが出て来るという事なのです。
良く、特殊な製品を作る会社は、納品先の受注会社がほぼ一社なんてケースも在りますが、この場合は、もはや受注先会社に対して資本関係が無いだけで、実際は子会社みたいな関係値になっていて
『親亀がコケたら、子亀もコケた』
みたいな現象が起きます。
そう考えれば、手形という非常に入金サイトの長い状況の取引内容で、大手企業だからと言って、自社の業務キャパを拡張してまでの大量受注をする事は、前記した様に、その会社の子会社化する傾向にあり
『親亀がコケたら、子亀もコケた』
を、引き起こすリスクが高くなる。
という事だったのです。
実際に、後に不動産関係の取引額が増えて、リーマンショックを迎えた時には大きなピンチを迎えるのですが、それはまた別の機会に・・
さて、こうして腹を割って会社経営という物について、社長と私は分業的な指向性でやって来た事の、改善を図る話し合いをしたのでした。
その結果として、今回の手形決済を了承したクライアントに対して、ある条件を呑んでもらう為に、後日に私は再び先方の部長さんに、アポ取って会う事にしました。
その条件とは
『手形決済を呑む代わりに、振出し日を作業の末締めと同時にしてもらう。 さらに取引額をこれ以上増やさない』
という事でした。
これはある意味で、かなり強気な要求でもありました。
というのは、実情において販促での実績が非常に高くて、先方の会社における各部署の担当者さん達は、私の会社に個別で発注をしたがっていました。
そういう実績が、ここまでの間に出来ていたから、取引が伸びていたのです。
現場の担当者は、常に業績を上げる為に苦労していて、きちんとしたレスポンスが出せる広告会社を、常に探しているというのが実情です。
まして、手形決済を承諾したという事は、社内で大っぴらに私の会社へ発注がかけ易くなった訳ですから、そこで上限を設けて断ると言うのは、先方にしたら
『手形にするなら、もう仕事をこれ以上受けてやらないぞ』
と、言われた様なものです。
こんなふざけた要求をして来る下請け業者は、大手の役職者なら
『もうお前の所など使ってやらないぞ。うちの販促の仕事をしたいという広告会社なんて腐る程いるんだからな』
という対応をされるのが、当たり前の状況だったのです。
私は、恥を忍んで先日お会いした部長さんに、資金繰りとSPにおける実績を上げる為の、業務内容を誠実に行うには、今の私の会社の状況では限界がある事を告げました。
そして、先日お会いした時に、その件をキチンと説明出来ずに、二つ返事で手形決済の返答をしてしまった事についてもお詫びをしました。
先方の部長さんは、苦笑いしながら
『普通はこういった話を私にして来る協力会社さん (この部長は下請けさんという言い方をしませんでした) は、あまりいないんですよ。 正直なところ、御社の内情は予想が付きました。 ですから私も、無理なお願いを先日はしたと思っています。 ただ、一度は約束した事に対して、条件を付けて来るとは思いませんでしたよ』
この返事に、私はやはりこの部長さんは気分を害しているんだろうな?
と感じながら、最悪の場合は、取引自体が今後は無くなる覚悟をしました。
ところが
『まあ、無理をしてお引き受け頂いて業務のクオリティを下げられたりしても、こちらも困りますからね。 では、こうしませんか? 確か先日お会いした時に、御社は製作と地域プロモーション専門の別会社をお持ちとの事でしたね? それが御社の地域プロモーションにおける、外部発注をしない事での低価格とクオリティの高さの理由だとお聞きしていました。 では、取引額が多くなったらその会社さんからの請求を出されては如何ですか? それなら、多少の発注量の増加は、手形と現金で振り分けてのご請求を頂いてもかまいませんよ』
こう言われて、私は本来なら、こちらから請求書の発行を二社にして欲しいというお願いをするべきなのに、クライアント様から提案されてしまい、顔から火が出る恥ずかしさを感じてしまいました。
その恥ずかしさを隠して
『そうして頂けるのなら一度この件は社に持ち帰り、再度こちらからお願いさせて頂けませんか?』
と、答えると
『是非そうして下さい。 それから、一応御社の別会社の会社謄本も、次回のお返事を頂く際にお持ち頂けますか、いくら私が了解しているとはいえ、そちらの別会社の取引に際する、弊社内の調整もしなければいけませんからね』
もはや、何から何まで先を読んでの部長さんの、迅速な回答に頭が上がらない状況の中で、お礼を言ってその場は話を終えました。
この部長さんは、本当に優秀な方で、自社にとって有益な協力会社には、きちんとした対処で面倒を見て下さる度量をお持ちでした。
会社に帰り、この件を社長に報告すると
『○○部長さんは、本当に人物だね。 普通はこういった件はどう考えても、うちが考えてお願いしなければいけなかった事だったよな~。 次回に別会社の謄本を持って契約をまきに行く時は、俺も同席してお礼を言わなけりゃだな。 直ぐに本部長、社長もご挨拶に伺いたいからと言ってアポ取っておいて』
と言って、この件を了承してくれました。
この時の出来事は、私に会社経営とは何か?
そして、外部の会社との駆け引きの大事さと言うのを、身を持って実感させてくれた出来事でした。